⑧ 異空間

 今年の始めに、演劇を見た。某劇団の役者志望者によるもので、それに知人の子が出演した。こういった駆け出しの、どころかまだ正式なスタートラインについていない新人の公演は、広い会場でやるわけはなく、あまり綺麗とはいえぬ怪しげな建物の一室でおこなわれるものだと理解していた。

 実際そのとおりだった。三十年以上前に見た光景とちっとも変わってないように思えたので、むしろ吃驚した自分が意外だった。現在はもっと華やかになってるのではないかと勘違いしていたらしい。

 椅子はさすがに、1960年代の小学校の廃品を並べたようなものとは違っていたが、小会場だから当然小さな椅子である。人ごみが苦手な人はダメかもしれないが、演劇好きな人にしてみれば、客同士の接近した空気がむしろ異空間を演出する効果を高めるのかもしれない。

 ほんの二、三メートル前で繰り広げられる役者同士の生のやりとりは、有名役者のものでなくても迫力があるものである。滅多に見ることがないからという理由もあるだろうが、退屈なテレビドラマや映画などより新鮮である。

 会場というより、部屋を改造したような舞台では、照明の効果が充分に発揮できないのかどうか、明るさがあまり滑らかではないように思う。明るくすればするほど狭い舞台が明らかになってしまうからかどうか分からないが、やや薄暗いなかでの演技になる。

 客席も一塊にされたようなかんじで、ゆったりしたものではなく、どこの誰が何をしてるかが分かってしまうので、なんとなく猥雑な感じがする、閉じられた世界である。

 しかしわたしはこういう雰囲気が好きらしい。半分はこの感触を味わいに来てるようなものだ。役者にとっては失礼だが、演技はこの空間を動かす仕掛けのようなものだと言ったら怒るだろうか。

 しかし人間は日々の生活のほうが窒息しそうなものなのだ。それが真実の世界だと認めたくないゆえに、こうした異空間を確認したいときがあるのだ。いつの日にか、こちらの世界が現実へはみ出していくことがあるのだろうか。

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