⑨ 交代してくれ

 昨日自転車のパンクを修理して、夜になってから外出したのだが、帰り道に空気が抜けてしまった。それで今日再び修理した。今度は大丈夫だろうと思ってみたが、なかば懐疑的だった。

 そして夜外出した帰り道に、またもや空気が抜けてしまった。

 昨夜は家に戻るまでかろうじてタイヤは持ちこたえた。しかし今夜は家から二キロ以上離れた場所で完全にタイヤの空気が抜けて、ペチャンコになってしまった。携帯型空気入れを使ってみたが、空気入れが壊れてるのか、タイヤのチューブが完全にだめなのか、空気がうまく入らない。

f:id:phorton:20160202061507j:plain

 しかたがないので、その場から手で押していくことにした。このくそ寒いなか押していくのもシャクだが、まあよくあることだ。

 今夜は満月のようだ。狼男はこんなとき本性を現すのだろう。

 わたしは、「交代してくれ」と真冬の夜空のなかで声を出していた。

 いろんなことがめんどくさくなったのだ。

 昔わたしは自分に暗示をかけたことがある。あのとき本当のわたしは眠ってしまって、それからずっと仮のわたしが、わたしのフリをしてるように思える。地味になんでもできるのだが、本当の目的にはなかなか達しない。

 とにかく本当のわたしに代わってもらいたい。二日続けてのトラブルに、地道なやり方が馬鹿らしくなった。まだ雪の残る夜だというのに。

 そもそも車で出かければすむことだった。パンク疑惑は分かっていたのだから。それでも自転車で出かけないといけないような気がするのは、精神硬直化とでもいうべき症状だろうか。こんなわたしは交代するときなのだ。

 しかしここでまた病気が出てくる。交代してくれと言ったわたしはどっちのわたしなのだろうと気になってしかたがない。

 交代してくれと言うのだから、仮のわたしなのだろう。しかし強い主体性があるように思えるので、本当のわたしが仮のわたしに交代しろと言ってるようにも思える。さてどうしたものか。

 ふだんはここで行き詰るところだが、今夜のわたしは自転車を押すのにかまけているので、余計な事は考えない。

 どちらが仮でどちらが本当かは重要ではない。交代してくれと言ったとき感じたところを注意してみれば、たとえ何も見えなくても何かがある事が分かるから。

     一月二十四日

f:id:phorton:20160202205520j:plain

 

 以下、後日談。

 結局チューブを取り替えた。夜になってから、新品の空気入れを買いに24時間営業の店へ行ったら、駐輪場に辿り着いたときは、またしても空気が抜けかけていた。これはもう呪われていると絶望しかけたが、ようやく冷静になって思い出した。こういうときは大抵タイヤに問題があったじゃないか。

 果たしてタイヤを調べると一センチ程度の穴が開いていた。これではいくらチューブを修理しても、すぐに傷つくはずだ。

 さてどうしたものか。鞄の中には薄いビニールが入っていた。チューブの傷はさほど大きなものではないだろう。

 買ったばかりの空気入れでタイヤを膨らませて、タイヤの穴からビニールを千切って詰め込んだ。チューブの傷にうまく密着してくれれば、しばらくは走れるんじゃないか。サランラップがこういう場合には最適だろうなと思う。

 いくらか効果があったようで、空気が抜けるのが遅かった。

 次の日タイヤの穴を内側から塞いだ。今度は本当に大丈夫だった。タイヤの交換は次の機会にしよう。パンク修理のために費やした時間と労力を、タイヤの交換というアッサリした結末によって、虚しくしたくないから。

  ※ 二度ある事は三度あるなら、何か必然的な原因があるものです。