⑱ 何故かキツネ 

 昨年秋の出来事。

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 ある夜、田園地帯を車で走っていると、

道のド真中に何かいる!

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 少し離れたところで停車して、フロントガラス越しにビデオカメラをズームする。

 ヘッライトに浮かび上がるのは、

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これ何?キツネ?

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 こちらを恐がる様子はみせないが、警戒感はあるようだ。

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 キツネから見れば、何か光るものがあるけど、なんだろう?という感じだろうか。

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 窓を開けて身を乗り出そうとしたら狐が逃げそうになったので止めた。そのままフロントガラス越しにビデオカメラで撮影を続ける。

 しばし停車したままでいると、そろそろと狐が動きだし畑に入っていく。しかし遠くへ離れてはいかない。

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 狐は畑の中を少しずつ移動して車の右側を過ぎていき、後方へ回り込む。 そのたびにわたしもハンドルを回して狐にヘッドライトの光を当て続け、車も回転移動する。

 

 車の後方へたどり着くと狐は再び道路へ出てきた。

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 車も180度回転し、再び道路の真ん中でカメラが狐をとらえる

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 道路でこんな事してるのもどうかと思うが、しかしこのあたり一帯は耕作地なので、一般車はほとんど来ない。

昼間はトラクター、夜はタクシーなどの運転手が休憩に来る程度。

 さすがにキツネも、いつまでも付きまとう光に辟易したのか、夜の闇に消えていった。

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 実はこの狐、一年半ほど前から、このあたりに居ついているらしく、時々目にしていた。今回ようやくカメラに収めることができた。最初は農家の裏庭にいて、すごく小さかったので、近所の人の飼う子犬がうろついているのかと思った。しかし何度か見掛けるうちに尻尾が妙に長くなってきた。その変化する美しさを目の当たりにして、すっかり魅せられてしまい、まるで恋心のようである。昔話にある、狐に化かされるというのは、これだなと思った。

 

⑰ 毛虫のいない夏

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 うちの庭には桜の木があり、初夏から真夏にかけては毛虫の駆除が必要不可欠である。しかし今年はあまりにも暑すぎたせいか、毛虫がぜんぜん発生しなかった。

 例年であれば、八月になれば葉の大部分が食われているのだが、写真で分かるように、完全に葉が密集している 注意深く木を観察してみても、葉が毛虫に食い荒らされた形跡は見当たらなかった。

 毛虫は孵化したころは一枚の葉に一箇所に群生していて、成長してくると、葉から小枝に分散していくが、しばらくは同じ一本の小枝に共存していて、その枝の葉を食い尽くすまでは、お互いが遠くへ離れていかない。この時点までにその枝を切り落とせば、毛虫をまとめて駆除できる。

 わたしは薬剤を使いたくないので、毛虫の駆除はこの方法でおこなっている。

 しかし今年はあまりにも暑かったからなのか、毛虫の発生が確認できないので、一度も枝葉を切らなかった。

 それでも八月にもなれば、陰に隠れて見つけられなかった毛虫が食い荒らした枝葉があるはずだった。それが当然のはずだった。

 しかし今年はあまりにも暑すぎたせいなのか、それがなかった。こんなことは今までの経験からは有り得ない。

 実は昨年も毛虫の発生が極端に少なかった。初夏のころに一度、まだ葉に群生しているときに駆除しただけで済んだ。今年はまったく一度も枝葉を切っていない。駆除する側としてはラクでいいのだが、やはり不気味である。毛虫が発生できない気候というのは喜んでいいものではないように思う。

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⑯ 平成の始まったとき

 三十年前、昭和から平成になったとき、国民は元号にさして関心を持っていなかったと思う。故小渕総理が平成の書を掲げるシーンが有名なので(当時は官房長官)、勘違いしやすいが、あれは小渕氏の雰囲気が特徴的だったのであって、元号が国民にウケたとか、そういうことではない。えらい人たちで決めたことだから、それに異を唱える必要がなかっただけである。字面のわかりやすさもあり、特に疑問もあがらず、特に熱狂もなく、あたりまえのように平成の元号は国民に認知された。

 この度の元号改変では、まるで合言葉のように、あちこちで『令和』が連呼される報道を見るにつけ、世の中は本当に変わったと思ってしまう。

 天皇の退位による元号改変であり、葬儀とか喪に服するとかの厳粛な印象が無いので、このような明るい代がわりになったのは当然かもしれない。

 三十年前は、昭和天皇崩御による代がわりだったので、新しい世の到来を祝う雰囲気ではなかったし、平成!平成!と連呼するような現象もなかったと思う。

 それどころか昭和の負の遺産が噴出した。国の内外から、先の戦争責任に関する声があがり、有名政治家がそれに言及したことから、非常に刺々しい雰囲気になってしまった。

 イギリスとのテレビ中継を見ていたら、現地のメディア関係者から、『元号制度に何の意味があるのか』という意見が出た。西暦とは別個の時系列に対し、あからさまに辛辣な態度だった。英国人のドギツサが日本に放たれた瞬間だった

 このときのテレビ中継で国内で対応したのがNHKの平野次郎氏で、イギリスで取材していたのが磯村尚徳氏だった。磯村氏はこのような英国の反応について、戦時中の記憶はこちらでは簡単に割り切れないものがあるような事を言い、イギリス側にある程度理解を示した。それに対し平野氏はやや温度差があったように思う。

 平成の始まり(新たな時代の始まり)というよりも、『昭和の終わり』の印象が強かった。昭和という時代は、戦争、敗戦を含んでいたので、総括のようなことをして、一応の区切りを付ける必要があったのだと思う。

 当時はまだ旧日本軍の大佐とかが生きていて、ラジオ放送で、日独伊三国の枢軸でどうのこうのといった歴史で習うような事を、ふつうに話していた。戦時中の話ができる絶好の機会といったかんじだった。

 それに当時はバブル期である。一般大衆にとっては、自分が時勢に乗り遅れていないかどうかに関心があったのであり、元号についてこの度のように騒がれることはなかった。どんな元号になるかは大衆にはどうでもよかった。というか日本の伝統だとか、和の心だとか、なんとかいうことが、重要視されていなかった。そういったことはバブル崩壊後の喪失感から生じたものである。土地の値段が上がっちゃって家が買えないとかの方が大衆には重大だったのだ。

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⑮ 毛虫の子供は葉を食い散らかす

 初夏になると、庭の桜の木に虫が出始めます。

 虫が出始めの枝は最初に、葉が薄く透けるように見えてきます。虫が小さいうちは、葉の表裏全部を食い尽くすことはあまりなく、葉の表面を齧るかんじのようで、それで葉が透けて見えるのです。

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毛虫の小さいのが密集してると、ちりめんじゃこみたいです。

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 で、こういう蜘蛛の巣みたいな綿菓子みたいなものを作り、その後、別の場所へ移動します。齧られた葉は枯れて茶色く変色します。このときはすでに虫は移動した後です。食べ残したまま食い散らかして逃亡するのです。

f:id:phorton:20180617081414j:plain こげ茶色のツブは毛虫の糞

 忙しさにかまけて、注意を怠っていると、いつのまにか枯れて変色した葉っぱが、あちこちに増えていくので、地道に駆除しなければなりません。

 薬剤は使わず、高枝挟みを使って、侵された葉だけをちまちまと切り落とす作業です。でも実際は余計に切ってしまいます。高い所の枝葉が密集してると、虫に侵された葉がどの枝に生えてるのかよく分からないのです。

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 こういう地道なやり方を始めた頃はイライラして辛くてしょうがなかったのですが、もうすっかり慣れました。というか面倒くさくなると途中で作業をやめます。毎日ちょっとずつ、気が付いたときにやってます。

 挟みが届かないところは諦めます。脚立を使えば届くところもありますが、脚立をいちいち移動するのが面倒くさいです。それに多少は毛虫の食事処も残しておいたほうが良いような気がします。

f:id:phorton:20180617082403j:plain 屋根に枝葉がかかっている

 二階のベランダから屋根に乗り、届くところは駆除します。屋根から落ちないように足元には注意します。もし下へ落ちたら、毛虫の呪いだとか思ってしまいそうです。でも冷静に落ちれば大丈夫のはずです。以前はよくここから飛び降りてましたから。でも年のせいで足の骨が弱くなっていたらマズいですね。とにかく危険な事はやめましょう。

⑭ 玩具のピアノとの付き合い方

 某有名キャラクターのトイピアノをネットオークションで落札した。楽器メーカーの製品ではないので、いかにも幼児の玩具といったかんじではある。

 しかしなぜか音が素晴らしい(とわたしは勝手に思っている)。このトイピアノは残響音が妙に耳に残るのだ。

 実はこれと同じものを十年ほど前に、リサイクル店で百円で買っている。単なる気まぐれの蒐集のつもりだったのだが、音が気に入ったので、演奏用にしたくなった。しかし問題があった。音程の狂いである。正確に合ってないという程度ではなく、聴けばそれと分かるレベルである。

 そこで音程の調整をすることにした。低めになっている音のピッチを上げるために発音体の金属棒をヤスリで削るわけだが、実際にやってみると、削るときの振動で棒が根元からポキポキ折れてしまうのだ。結局途中で諦めてしまい、音がいくつか出なくなったままになった。

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 写真の右のようなものが、左のキャラクターの蓋のすぐ下に入ってます。

 文鎮みたいなものに付いている沢山の細い金属棒がそれぞれの鍵盤に対応しています。金属棒が長いほど低音になり、短いほど高音になるので、音程が低めに狂っている棒は少し削って短くすればよいわけです。

 錆びてます。これも積年の証でしょうか。本体に、1976,1991という印刷があるのですが、これは製造年に関係した数字でしょうか。

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  金属棒の根元がくびれて細くなっているので、削るときの振動で折れやすいのです。くびれは、文鎮状のものに開いている穴に収まるようになっています。

  音程が高めの場合は、理屈では、削ることの反対をすればいいはずですが、このようなことをする業者がいるらしくて、どうするのかというと、棒に半田付けするという話を知り、さっそくやってみましたが、なんかあんまりしっくりこなかったです。

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 鍵盤はシーソーのようになっていて、指で押すと反対側が上がり、ハンマーを跳ね上げます。その勢いでハンマーが金属棒に当たり、音が出る仕組みです。だからあまりにも弱く鍵盤を押した場合は、ハンマーが金属棒の地点まで跳ね上がらないので、音が出ませんが、まあ普通に叩けば音は出ます。

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 ハンマー部分の小さな板状のものが鍵盤と当たる位置にスポンジのようなものが付いていて、これは鍵盤が当たるときの衝撃音を抑えるためのものでしょう、

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 ハンマーは小さな板状のもので本体に繋がっていて、鍵盤の上がる側の先端のすぐ上にそれぞれ配置されています。板状のものは根元から折れ曲がるようになっています。丈夫な厚紙のようなもので出来ているみたいです。、

 

 ハンマーが並んでいる上に金属棒がこんなかんじで乗ります。実際は上蓋にネジ止めしてあります。

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 こんなふうに、ハンマーが金属棒を下から叩くわけです。ハンマーは鍵盤に跳ね上げられた勢いで金属棒に当たる地点まで上昇するだけなので、鍵盤を指で押したままの状態でも、ハンマーは金属棒から離れて落ちます。だから音がハンマーで抑えられることはありません。板状のものは本体にぶら下がったように付いているだけなので、ハンマーは自然に下へ落ちます。

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 シンプルな仕組みです。小学生の夏休みの工作とかでも出来そうです。このトイピアノは最近のものではないので、こういう簡素な構造なのかもしれませんが、複雑なメカニカルな部分が無いので、余計な雑音があまり出ません。

 最近のトイピアノでハンマーがメカニカルな構造では、カチャカチャ音が響く場合がありますが、きっちりと設計されたものを作りさえすれば良いとは限らないのではないかと思います。

 

 一般的なトイピアノ(カワイ製とか)のほうが音は綺麗であり、音程もだいたい安定しているだろう。しかしそれだけではなにか物足りないのだ。

 このトイピアノの残響音が際立つのは、もしかすると楽器としての出来が洗練されていないからかもしれないが、そんなことはどうでもいいのだ。なんとなくこの音がいい。それだけでじゅうぶんなのだ。

 そういうわけで、このたびネットで同じものを探してみた。けっこう古いものなので、どうかと思っていたが、案外あっさり見つかり、で、完全な状態のものが先頃わたしの手元に届いた。最初に買ったものと同じく、やはり音程の狂いは明らかだった。しかしもう余計な事はしないつもりだ。自分一人が音に酔いしれるのに、音程が合っていないなどは些細な問題である。このトイピアノの観衆は自分だけ、それが分かっていれば音程の狂いなどは愛嬌というものである。

 

⑬ タラの木には実が生る

 タラの木には実が生ります。タラの芽ばかりが珍味として注目され、タラの実はほとんど関心を持たれないようですが、新芽が伸びきった後、こんなようなものが生えてきます。

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 夏になると、蜂が群がるほどです。このなかに五匹写ってますが、お分かりでしょうか。まだ実が熟していない段階ですが、蜂にとっては美味なのでしょう。

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 八月の終わりにタラの実は熟し始めて、このように色づきます。

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 八月の終わりには、イチジクの秋の実も熟し始め、やはり蜂が群がってきます。イチジクの場合は実が熟してから蜂が寄ってくるようです。

f:id:phorton:20161001205226j:plain すでに実が腐乱している。

 

 九月のお彼岸時期にタラの実はほとんど熟し切ります。

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 ブルーベリーみたいな外見ですが、味はもっとさっぱりしてます。いくらか苦味があるかもしれません。かなり小粒なので、食用にしずらいですが、それなりに味わえるものです。

 鉛筆の半径くらいの大きさです。

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 以前親戚がお彼岸時期に来訪したとき、これを皿で出したことがありますが、警戒されたのか食べてもらえませんでした。それ以来わたしも無関心でいたのですが、来年は絞るか煮るかしてみようと思います。

 

⑫ イチジクを狙う鳥との戦い

 玄関前にあるイチジクの木は、六月下旬から七月上旬くらいの間に、その年の最初の収穫があります。この時期の実は特に、『花イチジク』と呼ばれ、『イチジクの木に花がついた』なんて言います。大きめですが、沢山は生りません。

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 よく熟れたイチジクは、そのまんまスイーツのように食べられます。べとつかないジャムとでも表現しましょうか。口の中でとろける感じです。

f:id:phorton:20160713210248j:plain これは11センチ

 しかしイチジクは収穫が難しいのです。なぜなら天敵がいるからです。それは鳥です。

 イチジクが食べられる状態になってきたなと思うと、翌日にはもう鳥に先を越されています。熟れていないときのイチジクは、まだパサパサしてますが、その状態のときでさえヤラれてしまうことが多いです。ですから熟れ切ったイチジクを収穫するには鳥との戦いに勝たねばなりません。

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 そのための秘密兵器がこれ。紙パックです。安上がりで廃品利用にもなるので、毎年使ってます。園芸店で専用のネットが売ってると思いますが、鳥と戦うためにお金をかけるのがシャクなので、タダで済ませられれば、それだけで勝った気分になれます。

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両端に穴を開けて、園芸用の針金を通します。

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このように実に被せます。このとき針金が実の先端に引っ掛からないように注意します。 実の根元をちょっとかじられてますが、まあ見本ということで。

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 パックの上部をできるだけ閉じるようにして針金で枝に縛り付けます。しっかり閉じて縛らないと、隙間から齧られます。

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 これは500ccの容器ですが、開いている方から首を突っ込んで齧られるようなら、一リットルの容器を長めに切って使います。

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 網と違い、風の抜けが良くないので、何日もこのままにしておくと、腐ったみたいになってしまうので、注意する必要がありますが、でもこの蒸し暑い時期のイチジクは多少熟れ過ぎても味は悪くありません。

 夏の終わりから初秋の収穫期にはたくさん生りますが、実はやや熟れすぎのかんじで、味が劣化しやすいです。

 梅雨時 → 少ししか生らないが大きい。 瑞々しい香りが強い。

 夏の終わり、初秋 → たくさん生るが大きくない。 香りより熟度が強い。

 地域や品種による違いがあるのかもしれませんが、うちの庭のはこんなかんじです。

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 一本だけ枝ごと切って、花瓶にさしてみました。このまま実が熟れてくれば、鳥との戦いも楽になります。紙パックを付けるのもめんどくさいのです。特に枝の高いところは付ける気になりません。

 それにイチジクの葉は腕を擦ると、痛痒くなるので、半そでのまま作業をしてしまうわたしとしては、しなくても済むのであれば、楽をしたいのです。長袖を着ればすむことですが、暑いから嫌です。それに着替えるのもめんどくさい。

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 三日後、朝になったらイチジクが枝から落ちてました。もう食べていいよという事ですね。味は糖度が低い感じでしたが、まあ普通に食べられました。でもやっぱり微妙でした。日光に当てないことが問題だったかもしれません。

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 いま気づきましたが、パックの側面に小さな穴をポツポツ開ければ、空気の抜けが多少は良くなるかもしれませんね。